2016.12.28.水

episode.2 大学の同僚


(まさかアイツとバイト先が被るとは……)

 大学生活の傍ら、兼業のアルバイトを探していた。
 家からそれなりに近く、夜だけシフト可の条件で探して、見つかったのはドラッグストア。面接は滞りなく受かった。
 そして勤務初日、これから一緒に働く同僚と初顔合わせをしたら……居たのだ。見知った顔が。
 伏し目がちな顔は化粧をしているのかわからない、髪は跳ねてる、おまけに声はぼそぼそ。とても接客業に向いているとは思えない。
 数人のスタッフが居るバックヤードにおいて、彼女は一人だけ明らかに浮いていた。

(学校の外でも暗いなこの人)

 大学で講義を受講する際、たまに見かける奴だ。たしか、ミクロ経済の講義が一緒だった。
 いつも一人で座っていて、誰かと話しているところは見たことがない。
 一度、近くに座ったことがあるけれど、陰鬱な空気が漂ってくる気がして嫌だった。

 こんなのが先輩だなんて。バイト先選びに失敗したかもしれない。
 仕事仲間だと思われて学校でも近寄ってこられでもしたら、せっかくの大学生活なのに男が寄り付かなくなってしまう。
 とりあえず、他人の振りをしよう。そして極力関わり合いにならないようにしよう。
 あっちから話しかけてくることはないと思うし。
 そもそも特定の講義で一緒という程度だから、多分あっちは私のことを認識しちゃいないだろう。
 気の合わない奴には近寄らない。これが生まれてから19年間、女として生きてきて培った処世術だ。

 

 バイトを始めて1週間。
 仕事に関するあれこれを例のアイツ以外の人から教わり、ドラッグストアでの仕事内容が見えてきた。私は大学が終わってからの遅番だから、早番の仕事についてはよくわからないけど。
 営業時間中は主に品出しとレジ打ちを行い、閉店時に店内掃除をして次の日の開店準備をすること。新人の私に与えられたのはこんな内容だ。もう少し慣れてくると手書きPOP制作や売り場作り、発注作業なども任されるらしい。
 小売店でのアルバイトは初めてなので、これが忙しいのか暇なのかは判断できない。
 以前大学の近くで働いていた居酒屋よりは楽な気がする。というかあそこはハードすぎた。だから辞めたんだけど。
 別段、与えられた仕事に不満はなかった。勤務時間も、学業を優先したシフトを組んで頂いたので満足。
 接客も、夜はあまり店員に話しかけてくる客はいなかったのでセーフ。

 ただ1つ、問題があるとすれば…アイツだ。
 当然だが彼女も大学生。つまり勤務時間帯が必ず被る。
 いや、別に嫌がらせを受けたとか、そういうことは無い。というか、当初の目論見どおり接触はゼロ。
 ここで自分から話しかけてくるような人柄だったら、大学で独りという事態にはなっていないだろう。
 こちらとしても、店頭では担当売り場が違うから話をしないし、バックヤードで見掛ければずっと本を読んでいるので、話しかけなくても不自然ではない。
 たまにこちらに視線を向けてきているような気がしたが、スマホを見る振りをして無視した。
 (ま、こんなのが勤まっているくらいだし、この仕事は楽勝だな)
 この頃の私は、そんな風に考えていた。

 

 仕事にも慣れてきて、今日から勤務3週目。
 週4でシフト希望を出したので、明日で10日働いたことになる。
 ここまで特に仕事のミスは無し。私この仕事、向いているのかも?
 あとこれは想定外だったが、コスメの試供品を貰えるのが地味に嬉しい。
 化粧品のためのアルバイトだったが、思わぬところで出費が浮く。

 そんなことを思いながら出社したところ、驚愕の事実が判明した。
 なんと、アイツと二人シフトなのだ。

 マジか。

 雑談はしないでいいとしても、どっちがレジに立つとか、入荷の受け取り対応とか、仕事に関する話は最低限打ち合わせる必要がある。
 いくらまだミスしていないとはいえ、仮にも研修期間の新人と、ロクにコミュニケーションが成立しない2人で店を任せるか?
 まあシフトを決めた店長も、まさか勤務から3週間経って1回も会話が無いまま3週間も経過すると想定しなかっただろうけど。
 しかし現実はご覧のとおりである。向こうは当然として、こちらも意図的に避けているから当たり前なのだけど。

 ……仕方ない。

「あの、私レジしますね」

 それだけ言って、返答も待たず店頭に出る。
 なぜか敬語になってしまったのが少し恥ずかしい。……いや、ここでは先輩だから正しいのか?

 

(さーて、仕事しますか)

 考えてみれば、分担を決める仕事は全部私がやってしまえば、特に会話することもないのだ。
 まだ研修中だけど、レジ打ちは大体覚えたし大丈夫だろう。
 レジ自体は前の居酒屋でもやってたし。機械が一緒ならやることだって一緒だ。
 私、物覚えも要領も良いほうだしね。

 

 ――そして、事件は起こる。

 

 レジに入ってからしばらくして、やってきたのは50代くらいのオバサンだった。
 カゴに入った商品をバーコードに通す。

「2,320円になります」

 合計金額が表示された液晶画面に映った数字を読み上げる。
 やったことない人はレジを敬遠しがちだが、内容はこんなものだ。なにも難しいことはない。

「お釣り30円になります」

 出されたお金を受け取って、レジに金額を入力して、表示された金額をお釣りとして返す。
 最近のトレンドに倣い弊店も袋詰めはお客様がセルフで行う。つまり会計を済ませたら、レジ袋を渡しておしまい。
 なんて楽なんだろう。

「ねぇ」

 と、この客の対応は終わったと思ったところに声を掛けられて、若干対応が遅れた。

「……はい?」

「昨日買ったコレ、返品したいんだけど」

 そう言って、カバンからシャンプーらしきものを取り出すオバサン。
 ……返品?

「え?」
 
「いや、え?じゃなくて。返品。間違えてトリートメント買っちゃったのよ。使わないから返品、お願いね」

 ……。

一瞬でパニックになった。
 返品。そんなの居酒屋時代は無かった。その場で割引や無料サービスにすることはあっても、一度締めた会計の商品を戻すなんて経験が無い。
 そもそも返品って有りなの? 商品破損じゃなく間違えて買ったなら返品不可じゃないの? いやでも私も間違えて買った本を返品とかした経験あるしいいのか。いやよくないどうやればいいの。

「えっと、あの」

「まさか返品できないなんて言わないわよね。昨日買ったばかりだし封も開けてないわよ。レシートも残ってるし」

 ヤバい。オバサンの機嫌が悪くなっていく。
 レジのキーボードを見ると、返品/返金というボタンがあった。これか?
 押してみるとマイナスモードと表示された。……マイナス? 駄目だ訳がわからない。

「ちょっと、はやくしてくれない?」

 そんなことを言われましても。どうすればいいというのか。
 ああもう、逃げ出してしまいたい。どうして私はレジをやっているのか。こんなことなら――

「たいへん申し訳、ありません。お客様、こちらのレジで、ご対応いたします」

 涙目の私にそんな声が聞こえてきた。
 声のするほうを見ると、隣のレジでアイツがオバサンに声を掛けていた。

 呆然とする私を尻目に、返品処理を代行するアイツ。

「お待たせ、いたしました。1,280円の、返金です」

 あっさり数十秒で処理を済ませ、オバサンはお金を受け取ってお店を出て行った。
 店内に残る私とアイツ。
 ――助けてくれた?

「……あの」

「わからないこと、あったら。聞いてくれて、いい、から」

「ありがとう……ございます」

「敬語、いいよ。学年同じ、だし」

 やっぱり気づいていたのか。
 だとすると、これまでの私の態度は彼女にどう映っていたのだろう。
 後から店にやってきたのに、挨拶もせず態度悪く無視し続けていた私……。

「とりあえず、返品、教えるね。喋るの、下手だから、聞きづらいかもだけど」

 私のこれまでの言動を責めるでもなく、丁寧に説明してくれる彼女。
 彼女の言葉はたどたどしく、あまり会話が得意でない様子が伺えた。

「えっと、わかった? 説明下手で、ごめんね」

 自分がやけに幼稚に思えて、なんだか泣きたくなってきた。

episode2
illustration : eim

「では今日の講義はここまで」

 講堂から出ていく教授を見送り、私は席を立った。
 教室の端に座っているアイツ。今日も大学で独りぼっちだ。
 今までだって誰かと喋っているところを見たことがないのだから、当然といえば当然だけれど。
 周りからこの人はどう見えているのだろう。やっぱり昨日までの私と同じく、友達のいないつまらなさそうな奴、だろうか。
 ま、どうでもいいか。周りは関係ない。私は私の信念に基づいて行動するだけだ。
 私は深呼吸をひとつすると、彼女の座っている席まで歩いていって、言った。

「ね、一緒にお昼でも食べに行かない?」

物語はフィクションです。

 

 

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